「諸輪の松」と名古屋城

更新日:2026年03月23日

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「諸輪の松」と名古屋城のつながり

名古屋城には、諸輪から2度に渡って松が贈られたという逸話が残されています。最初は初代尾張藩主徳川義直公の名古屋城造営中に、諸輪村から数百本の松が献木されました。その後、樹齢や台風などの影響で減少し、戦火の影響で焼失した名古屋城が再建された折(1962年)に、古事に倣って諸輪地区より、再び178本の松が寄贈されました。

伝承の絆、昭和の”松献上”

昭和50年(1975)に諸輪区発行の「諸輪の歴史」には、「松献上」に関する諸輪村と名古屋城との繋がりについて記述されています。名古屋城との伝承の絆が400年の時を経て永く続いていることや名古屋城が東郷の歴史と深い関わりのあることを知ることができます。

「諸輪の歴史」(373頁~374頁)記載の主な内容

昭和37年、名古屋城管理事務所から古記録の由緒に従って、東郷村役場を通じて諸輪区に献木の依頼がありました。

諸輪区では区議会を開いて、区民の賛同を得て、共有山林から小松(高さ1m~2m)178本を区民に割当て、堀取って昭和37年2月27日、自動車25台に分乗し名古屋城へ運んでいます。

道中、名古屋市内では数10台の白バイの護衛によって城内に到着。城内では出迎えを受け、盛大な献納式が行われ、諸輪区民によって松の植え込みが行われた。

献納式 中央左から名古屋市長 杉戸清氏、東郷村長 野々山佃氏、諸輪区長 柘植昇太郎氏

【名古屋市からの感謝状】

昭和37年の献木への感謝として、当時の名古屋市長杉戸清氏から同日付けで感謝状が諸輪区に贈られ諸輪区事務所で大切に保管されています。

召零松(めこぼれまつ)の伝承について

名古屋城造営中に初代尾張藩主徳川義直(とくがわよしなお)公が名古屋城に植える松を探していたところ尾張藩(おわりはん)城代(じょうだい)(しょく)高木(たかぎ)志摩(しま)のお声がかりで諸輪村付近一帯の山に数多くの良い松があることがわかり多くの松が献上されました。

その際、運搬荷造り用の籠から零れ落ちて根 付いたのが「召零松(めこぼれまつ)」と言われています。

樹高7.1メートル。地上1mでの主幹の幹回りが3メートル。枝張りは東西25メートル、南北17メートル。主幹が途中で3つの太い幹に分かれる黒松で威風堂々(いふうどうどう)の容姿は、愛知池堤防を散策する人々の目を惹きつけていました。

昭和55年11月、惜しくも松食虫に害されて枯れました。

その他(名古屋城HP)

詳細については、外部リンクをご確認ください。

名古屋城諸輪の松について(外部リンク)

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